日本が世界に誇る、”マンガの神様”手塚治虫氏のデビューから、今年はちょうど60年目です。Japan Expoではそれを記念した展示と、2日目には手塚プロダクションの清水義裕氏(日本動画協会事業委員会委員長)による講演が行われました。今回はその模様を紹介します!


手塚治虫が漫画に導入した映画的手法は、当時とても画期的なものでした。一般に戦前の漫画は、どれも視点が固定され平面的で単調でした。しかし手塚は、漫画のコマ割りにカメラワーク的な画面構成を取り入れることで、ストーリーに深みを持たせました。そうすることで、さらに読者を物語に引き込むドラマチックなストーリー漫画を確立したのです。

挙げられた手法としては大きく分けて、・視点(カメラアングル)の変化・ロングショットやクローズアップなどのズーミング・オノマトペ(擬音/擬態語)の多用・陰影による心理的表現・医学や昆虫学の知識に裏打ちされたモンタージュ(身体の部分のみの細部表現)・ハリウッド的ダイナミズムを持つモブ(群集)シーン
がありました。

映画的手法は、絵だけでなく物語にも取り入れられ、元々皮肉やギャグを表していた漫画から、シノプシス(あらすじ)を持つ高度な物語としての漫画へ変化していく様子が紹介されました。

その後、講演は戦後日本の漫画の歴史を手塚作品とともに振り返り、アニメーションの発展に及びました。今では毎週80本、毎年3千本も新作が放映されるという日本のアニメ、このスタイルを作ったのも手塚治虫でした。それまでは、東映が90分の劇場版セルアニメ(セルロイドのシートに作画する)を3年かけて作っていました。



しかし、手塚のプロダクションでは、顔の一部分のみ動かすいわゆる「口パク」の手法や、セル画を使い回すバンクシステムによって、1秒間に必要な24コマを4コマまで減らすことに成功し、毎週30分のアニメが放送できるようになったのです。
アニメの革新はそれに留まりませんでした。幼児でも理解できる『トムとジェリー』など、アクションを重視するアメリカのアニメと実際に映像を比較してみると、初期『鉄腕アトム』のストーリーは、放射線による遺伝子組み換えの話など、小学校の低学年ではわからないような内容になっていました。

手塚アニメの革新によって、日本のアニメは大人の鑑賞にも耐えうるものになっていきました。しかし後続するアニメの一部の内容が子どもには暴力的すぎると判断されたため、ビデオが普及する80年代後半まで欧米市場に日本のアニメが輸入されることはなくなってしまったそうです。

月に4500万部出版される漫画やアニメ、その輸出による経済効果は現在で約2兆円と言われています。しかし、アニメ化される作品のほとんどが既存のストーリー漫画を原作としているため、現在はアニメ固有のストーリーが育っていないということが講演内で指摘されていました。

一方、日本のマンガ・アニメは依然として海外で高い人気を博しています。先日、印象派画家モネの家で、コレクションされた歌川広重の浮世絵(風景画)を見た時にも、やはり同じような感銘を感じました。日本人独特の細やかさで、小さな平面に映画のようなダイナミズムを表すことができる技術は、西洋で非常に評価されているのではないでしょうか。


日本の一大産業である、ネオ・ジャポニスムとしてのマンガ文化の基礎を築いた、手塚治虫の偉大さを改めて知ることになった貴重な講演でした。

(文・西村麻希)