今や、世界中のどこに行っても「KAWAII(カワイイ)」は溢れている。世界中で一番有名な日本語の一つ、むしろ世界共通語と言った方がいいのかもしれない。

なぜこの言葉が日本語のまま広がっていったかというと、「カワイイ」に相当する言葉は他にないのだという。フランスにだってmignon(ミニョン)という、可愛いものを形容する言葉は勿論存在する。

しかしそれは「カワイイ」ではない。なぜなら、この「カワイイ」には日本的なもの、東京的なものという価値が含まれているからなのだ。日本のファッションにはとてもたくさんの選択肢があり、そのすべてのスタイルを包括した概念を「カワイイ」という言葉に凝縮している。

「カワイイ」には本来の意味以上に、自由や可能性というイメージがプラスされているのだ。 この「カワイイ」と言われる概念は、70年代後半から80年代前半にかけて萌芽した。価値観やライフスタイルの多様化した「感性の時代」である。

ハローキティなどサンリオのキャラクターが定着したのもこの頃だ。この「カワイイ」創成期でもある80年代のファッションテイストは2000年代に入ってから再び注目され始め、リバイバル/リミックスされたネオ80′sが新たな話題を呼んでいる。


80年代といえば原宿が日本のファッションの聖地としての地位を確立した時代でもある。そして、80年代の原宿トレンドの1つとして思い出されるのがクレープ。「カワイイ」物が大好きな若い女性たちによって、クレープも「カワイイ」物としてこの頃から広く認知されるようになった。

これが当然、現在の「カワイイ」文化にも反映され始めている。前述のように、世界でも広まっている「カワイイ」の流れに乗って、とうとうフランスきってのモードの発信地・マレ(原宿に相当?)に、原宿風の日本クレープ屋ができたと聞いて行ってみることにした。

2010年10月、白く塗られた壁一面に大きなハート型の窓が目印の「Princess Crepe」は、奇抜なショップが軒を連ねるマレ地区の中でもひときわ異色の雰囲気を放って登場した。ピンクと白で統一された店内も、まさに「カワイイ」感じだ。

日本ではとてもメジャーなスタイルのクレープ屋だが、フランスでクレープと言えばそば粉を使った生地にハムやチーズ、野菜をくるんだ塩味のブルターニュ地方の郷土料理「ガレット」が一般的。デザートクレープも蜂蜜、ジャムやヌテラ(ヘーゼルナッツとチョコレートのスプレッド)を塗っただけの、とてもシンプルなものが多い。

しかし、フルーツや生クリーム、カスタードなどの入った日本のクレープは若いパリジェンヌたちにも大人気のようだ。値段は3~5ユーロ。日本のものとさほど変わらない手軽さだ。黄桃の缶詰を使ったクレープを食べると、懐かしい日本の味がした。

取材したその日は土曜だったが、観光客も含め30分程で6組ほどの女性グループが訪れていた。そして、店の外にはパリではまず見られない(日本人にはもはやノスタルジーさえ感じる)、クレープの種類を示す食品サンプルがショーケースに飾られ、道行く人々の注目を集めている。

やはり「カワイイ」を愛する女性のアンテナにはキャッチされるものらしく、店の前を通る女性の八割方は足を停めていた。 また、クレープを販売する店員の制服も、フリルのたくさんついたピンクと白のギンガム・チェックのハート形エプロンという、とても「カワイイ」コスチュームだ。店員と記念撮影するお客さんもいるというのも納得する。しかし、どちらかというと秋葉原のメイド喫茶も連想させるようではある・・・。

この「Princess Crepe」の成り立ちについて店員さんに訊いてみた。ヨーロッパではロリータファッションブランドの先駆的な存在ともいえる「BABY, THE STARS SHINE BRIGHT」(略称はベイビー)。

設立して5年目を迎えたベイビーパリ支店(Ledru-Rollin)はこの4年で売り上げを3倍に伸ばし、以前にも増してヨーロッパで熱狂的な支持を受けている。

2009年に外務省のPRのため任命した「ポップカルチャー発信使(通称カワイイ大使)」の1人にロリータファッションモデルが選ばれるなど、日本のロリータも「カワイイ」カルチャーの1つとしてしっかり輸出されている。

パリ12区にあるベイビーのブティックでは、ヨーロッパ各地から買い物客が来るという。このベイビーのスタイルを愛するパリのロリータたちのために、ベイビーパリ支店の経営者が出店した、それが「Princess Crepe」なのだ。

店内にもベイビーのポスターが貼られている。勿論客層にも・・・と思ったがその日ロリータたちはまだ現れなかった。
しかし筆者に違和感があった。果たしてこのようなクレープ屋にロリータたちは来るのだろうか?というのは、ロリータファッションは日本では特に1つの思想であるように思っていたのだ。


ロリータファッションに身を包むのは非日常的な要素を日常にしたり、けしてコスプレなどではなくロリータを着た自分が自分であるという1つのアイデンティティ表現である。

友人のロリータ経験者は本格志向が強いひとで、いつも連れて行ってくれるメイド喫茶は観光化されたアキバ系のそれではなく、紅茶の種類や使われる食器にこだわりのある上質なお店ばかりであった。

彼女たちならば、もっと古いヨーロッパの空気を演出してくれて、自分たちの服装にもしっくりくるようなアンティークな世界観を構築できる場所を必要とするのではないかと思ったのだ。なので、フランスのロリータたちがどういうモチベーションでこの店に来るのかは明らかにならないまま、もう少し追求したい謎になった。


ロリータ以外にもこの店を御用達にしているグループがあるという。それはパリのオタクたちだ。別の曜日、別の時間には、アキバ系男子たちが集まっているそうだ。店員さんの「カワイイ」コスチューム姿につられているのだろうか。そうなるとますますメイド喫茶感が拭えない印象となる。

一般的に、ロリータファッションはメイド服と混同されやすい。だが日本のロリータたちはその混同を嫌う。せめてもう少し、店員さんにもベイビーの服らしいロリータ衣装を用意してはどうかと思う。しかし一方で、フランスのロリータにはヴィジュアル系ロックバンドやマンガ・アニメなどヨーロッパに輸入された日本ポップカルチャーすべてから影響を受けた少女たちが少なくない。

これらはオタク文化とは親和性があり、ファッション的側面から見ても切り離せない要素である。80年代はまたオタク文化発祥の時代でもある。ネオ80′sはかくしてパリにおいて原宿とアキバモードのコラボレーションを実現させたともいえるだろう。
フレンチロリータのみならずフレンチオタクたちの心も捉える「カワイイ」クレープ屋さん「Princess Crepe」、勿論一般の女性にも大好評。観光がてら、話のネタに寄ってみるのも面白い。

(文・西村麻希)

Princess Crepe

場所:3 rue des Ecouffes 75004 Paris
メトロ:Saint-Paul
営業時間:13時~19時休:月、木

参考文献
「世界カワイイ革命」櫻井孝昌 PHP新書「『かわいい』論」四方田犬彦 ちくま新書
「フランスでのゴシック・ロリータ系」アイト=ワラーブ・ネスリン 大学院教育改革支援プログラム
「日本文化研究の国際的情報伝達スキルの育成」活動報告書, 平成20年度 海外教育派遣事業編: 334-338お茶の水女子大学大学院教育改革支援プログラム「日本文化研究の国際的情報伝達スキルの育成」事務局

http://teapot.lib.ocha.ac.jp/ocha/handle/10083/35369