今回、フランスで活躍されている漫画家さんをご紹介ます。

日本人とフランス人のご両親をもつクリタ・クリストフさん。
クリタさんは、高校生までを日本の東京で育ち、大学からフランスに在住され、現在はパリを拠点にで活動されています。

言葉の枠を取り払って自由に日本とフランスを行き来し、マンガもフランス語だけでなく、
日本語でも描かれている稀なるマンガ家さんです。

日本のマンガとフランスのマンガ、いわゆるBD(バンドデシネ)の両方を手がけ、
活躍されているクリストフさんに、マンガ家になったこれまでの経緯や、今の作品作りについてお話を伺ってきました。

 


Q.なぜマンガを描くようになったのですか?

日本にあるフランス語学校で学生時代を過ごしていたのですが、その学校のドイツ人の友達がマンガを描いていたんです。それで僕も影響されて描くようになりました。

それから学校の新聞にも描いたり、自分で描いたマンガを街の小さな印刷屋さんに持ち込んで、お小遣いをはたいて100部印刷して自費出版したりしていました。

その後、東京のマンガの出版社に持ち込んで、プロの編集者の方々にアドバイスを頂いたりしていました。

当時、自分の作品を持ち込んだ際に、『ドクター・スランプ』の担当編集者の人だったんだけれど、鳥山明の生原稿触らせてもらうという体験がありました。

 

 

 

ほぼ、クリストフさん自身によって改装された日本風のご自宅

 

Q.大学生の時からフランスへ行かれたそうですが、
その後は どのようにマンガを描かれていったのですか?

フランスの大学では、医学部に入って最初の数年は勉強の日々でした。でも、2年生の頃から大学の新聞にマンガを描き始めたり、そこでマンガの脚本家の友人と知り合って、本格的にBD(バンド・デシネ)を描くようになりました。

最終的にはその友人が自分で出版社を作り、僕の書いた作品がそこから出版されました。これが僕の始めてのプロとしての作品と言えると思います。

 

 

マンガ素人の取材者からしてみると、かなり順調なマンガ人生に見えるクリタさんのマンガ家デビューの経緯。
しかし、実はこの後、医学の道を進むか、マンガ家としての道を進むかで悩み、最終的にマンガ家としての道を選ぶことになるのです。

日本で本格的にマンガ家としての活動をしようと、生活の場を日本に移し出版社に売り込みを始めたクリタさん。
なんと、半年後には週刊モーニングのカラーページ連載をするという、これまた大きなチャンスをつかむ。

そのマンガというのが、江戸時代を舞台に、主人公の医者を軸に描く江戸の庶民の生活をテーマにしたマンガ。
ここで、医学を勉強したクリタさんならでわのオリジナルマンガが展開されていくことになり、単行本を刊行するまでに。

この作品連載が落ち着いた頃、また今度はフランスへ。フランスでは、新しい作品の試行錯誤をしながら、絵コンテ作家としての道も歩み始める。

その後、いくつか作品を生み出しつつ、日仏合作アニメーションに携わったり、そんな中で現在製作をつづけているマンガのアイディアと、ふとしたキッカケで出会うことになったのです。

 

 

Q,今はどんな作品づくりをされていますか?

今は、フランスに妖怪がいたらどんな妖怪だろう? というのをテーマに、フランス各地にまつわる妖怪のマンガを描いています。

そのキッカケというのは、日本のマンガの出版社の忘年会で同席していた大友克洋さんが僕に「そういえば、フランスに妖怪っていないの?」と聞かれたことなんです。

そういえば、フランスに妖怪っていないなぁと思って、それから興味を持って、地域性のある妖怪をフランス各地で僕なりに想像して作ってみたら、と思って始めました。

 

フランスの妖怪シリーズ
エッフェル塔に妖怪が!?

マンガを描くときのアイディアメモ

 

Q,今の日本のマンガと、フランスのBDの違いについて

日本のマンガは、細かいディテールや感情を表現することが多いのに対して、フランスのBDはシチュエーション、ストーリーをメインに展開していくという違いがあると思います。

僕が最近思うのは、日本のマンガの絵もなんだかステレオタイプになってきて、新しいことができない、受け入れられないという状況なのではないかなと思っています。

これからは、フランスのBDとか日本のマンガとかいうスタイルにこだわらずに、とにかく色んな形のマンガがあっていいと思うんですよ。
日本とフランスを両方の立場で違いを語れるクリストフさんらしい興味深いお話を伺うことができました。
ユーロジャパンコミックでは、今後もフランスで活躍するクリエーターの方々のインタビューを続けていこうと思っています。

 

クリストフクリタさんHP
www.kourita.com

 

取材・文 中村綾花