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フレンチコミック・BDベーデー(バンドデシネ)概略

 <呼称>
 フランスのコミックは、正確にはバンドデシネ(Bande Dessinee、略してBD、ベーデーと発音)だが、現在は略称のベーデーがそのまま一般的に使用されている。 バンドデシネの日本語意味は、直訳すると「帯状のデッサン」となる。 フランスやベルギー、スイスなどのフランス語圏が主な市場で、製作も同じくフランス、ベルギーが殆どである。また、BDの起源(文章の挿絵ではなく、絵が主体で、その絵でストーリーが語られる、といった表現手段からの視点)は、19世紀前半から始まったと言われている。 暫くは絵の下に文章が添えられる様式であったが、20世紀初め頃より、現在ある「吹き出し」の様式が始まった。

 <歴史>
 第二次世界大戦が終わり、経済復興も一段落した1960年代以降、BDは質・量ともに急激な発展を遂げたが、1990年代までにBD作品の発表の場であったBD雑誌が殆ど廃刊となり、単行本(「アルバム」と呼ばれている)へと集中度を高めていった。多くのBD読者が、雑誌ではなくアルバムと言う愛蔵書の形態を好んだのである。そのため、スパイラル的に読者ファンの限定化を進める構造を生んでしまった。大手出版社は市場の拡大よりも既存市場の囲い込みに注視し、購買数が確実な有名作家起用の作品出版が主流となり、作家・作風のマンネリ化が顕著となった。これらの潮流に異を唱えるBDファンが徐々に増え、 自主レーベルなどを立ち上げた新人作者が独自に出版を始めだした。そして、 これらの新人作品が大手出版社へ新しい作風の可能性も示唆し、大手出版社の作家登用・作風等も自由度が高まった。現在は新人作家の作品発表も一時よりは門戸が開かれている。

 <制作環境>
 BDの新刊は年間1,500〜2,000点ほど。 BDのプロ作家と呼ばれている人数は約1,500人。最低3冊以上の出版経歴がある場合、一応「プロ」
とみなされている。 プロ作家の製作スピードは、年に1〜2冊の作品出版が一般的で、かなりゆっくりしている。 又、ストーリーと作画は分業が殆どである。ストーリー作者は自己の作品に合う作画作家を探し、又、作画作家は自己の絵のタッチに合うストーリー作家を探す。作者によって、両者が長い期間同じ相手と作品を制作する場合もあるし、毎回相手が変わる場合もある。 BDを出版している出版社は100社ほどあるが、そのうち20社ほどが市場の殆どを占めており、販売は通常の書籍とほぼ同じように大型の一般書店や、BD専門店などで販売されている。
 
 <日仏コミックの制作技法の違い>
 アルバムの装丁はハードカバーの上製本、A4サイズがほとんどである。 一般的なページ数は44〜48、又は52〜56ページで、多くはフルカラーで出版されている。 一つのシリーズは3巻くらいまで続刊されるのが普通だが、人気がでれば10巻以上も続く場合がある。1ページのコマの数は作家によってことなるが一般的には5〜6コマが多い。作家やストーリーの流れによっては15コマ以上を描くこともある。 フランスにはスクリーントーンは無く、作品によって多様な画材が使われる。 このことは制作スピードの違いも生むが、トーンの使用によるスタイルのステレオタイプから逃れられる面もある。 又、BDはページ数が少ないためアクションを短く描写する必要があり、結果的にイラスト的な表現になる。フランスのある作家は、日本のマンガで50ページのアクションシーンがあるとすると、それをBDでは4ページ程で表す、と言っている。BDの表現はコマとコマの余白の部分で読者に想像をさせるが、日本マンガの場合は動きのプロセスを全て見せて、動きの中に読者を巻き込む。

 BD作家は、1コマや1ページをタブロー(絵画)として捉え、キャンバスに克明に描く画家のような傾向が強く、更に色彩も重要な表現要素となっている。 これに対し、日本のマンガは基本的にモノクロ印刷が多い。その理由は雑誌の週刊化とそれに伴う製作スピードの効率化、低価格の実現で発行部数の増販と考えられるが、それらの製作現場の習慣のなかで、色彩を使わず、コマ割のダイナミズムや、本を開いたときの読者の視線をいかに巧みに誘導するか、の動的な要素を重要視する制作方法になったと思われる。 当然ながら、ストーリー性も重視されているが、背景画は重要でなく、人物の表情などに力点が置おかれ、映画のフイルムのようなコマ制作がなされている。

 BDで取り上げられているストーリーは、SF・冒険物・歴史物など、日本マンガで扱われている分野と同じような幅はあるが、題材や表現にフランス(ベルギー)らしい皮肉やユーモア溢れる、社会・人生観などが重ねられたものが多いようだ。当然、国民性による文化・嗜好の違いから来ていることは間違いないが、想定読者に関して言えば、 BDは、青少年〜30代前半の男性で、女性の読者は想定されていないと感じられる

<社会的な地位>
 1960年代以降、色々な作風の作家が急激に台頭し、その中で切磋琢磨が行われた。 これらの制作活動の中、BDを一つの独立した芸術活動と捉え、評価・研究をしようとの動きが1970年前後に、テレビや映画関係者・パリ大学などを中心に起きだした。 BDは「9番目のアート」との名称が言われ始めたのは、この時である。 (1920年代に映画は「7番目のアート」との表現が定着していたが、クロードベイリーClaude Beylie氏によって、BDは「9番目のアート」と命名された。因みに、8番目はテレビ・ラジオである。) 又、同時期、世界初のコミック展示会がBD研究団体の企画によってパリの国立装飾美術館で行われ、ロンドン・ベルリン・アメリカなどの海外へも巡回した。

 このように、娯楽商品から発した商品制作が、「読み捨て商品」としての社会的傾向に向かった日本マンガと異なり、フランスにおけるBDは、アートとして特定の客層に受け入れやすい環境下地をもっており、その違いが、その後の両国コミックの展開を変えたと考えられる。

 現在でも綿々と続けられているイベントに、「アングレーム国際BDフェスティバル」というのがあり、毎年1月末に、ボルドーに近いアングレーム市で、約20万人の来場者を集めて行われる。1974年から始まり、今年2006年で33回目のフェスティバルが行われた同市には、フランス唯一のBDミュージアムもある。 出版社、版権者、新人作者、ファンなどが集い、作家のサイン会、各種講演会、討論会など、内容の濃い催し物が行われており、数は少ないが日本人作家の受賞や招待講演などの交流も始まっている。

<日本マンガとの接点>
 1990年代に日本のマンガがフランスで出版され始めたが(1970年代にテレビで日本アニメが先行放映され、市場の下地が作られていた)、その当時のフランスのBD作品は大きく分けて2種あった。一つは大人用の芸術的な質が高い作品と、もう一つは子供も大人も読めるようなノスタルジーをも感じさせる、ややクラシックな作品である。この中間の年齢層と少女層をしっかりと掴んだのが、日本マンガが急激に普及した理由の一つと考えられる。少女層は旧来のBDファンには存在しなかった、新しく重要なマーケットである。日本マンガのファンは、当初から男女比がほぼ同じくらいの規模を持っており、日本マンガの少女ファンがBDへも少しずつ浸透し、BDの作品制作上も少女読者を無視できないほどの存在になりつつある。又、現在、BD作家の中にも日本マンガの作風を取り入れた作品や、多大な影響を受けたと見られる作家などがプロとして活動を始めており、同様に日本においても、BDの影響を受けたと明言する作家が現れ始めている。

異なった文化圏で其々に発展してきた2種のコミックの交差交流が、今、静かに始まっている。

 

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